藤が丘インターナショナルトークサロン


FITSの紹介

藤が丘インターナショナルトークサロンの通称はFITSです。平成3年から平成18年度(2006年度)まで、藤が丘地区センターと青葉国際交流ラウンジは共催で、インターナショナルトークサロンを16年間に亘り、105回開催してきました。しかし、両施設の運営環境が変ったため、平成19年度から従来の内容を継続する形で藤が丘地区センターを基盤に自主活動としてFITS実行委員会を設立し、企画、実施、運営しています。

FITSの活動紹介

地域住民の身近な国際交流・国際理解を目指し、広い視野に立った国際性のあるテーマを実行委員会で決め、主に地域在住の外国人や日本人をゲストにお招きし、お話をしていただきます。その後お茶をいただきながら和やかに、時には熱を帯びた質疑応答が展開されます。このようなサロン形式の集いをボランティアで構成されている実行委員10数名で年数回開催を目標に企画、実施、運営しています。

次回第113回FITSのお知らせと前回の報告

次回第113回FITSのお知らせ

タイトル:「翻訳、通訳の経験からみたコミュニケーションのギャップと可能性」

 (*タイトルは7月下旬に変更する場合もありますので、その点はご了承下さい。)

ゲスト: マルチェッラ・モルガンティさん

 (サンマリノ共和国出身 フリーランス通訳・翻訳 大学非常勤講師;イタリア語文法・会話/イタリアの言語と文化/フランス語会話 イタリア語教室講師)

内容: 

 ゲストのマルチェッラ・モルガンティさんは2008年世界遺産になったサンマリノ共和国出身です。サンマリノ共和国は国土の大部分が丘陵地帯で、その中央にティターノ山(750m)があり、アドリア海沿岸から10kmに位置し、回りをイタリアに囲まれ、北東はエミリア・ロマーニャ州、南西はマルケ州と国境を接しています。総人口は2万数千人。西暦1253年には世界で最初の共和国体制が出来上がっていたといわれていますので、お国紹介も多少していただく予定です。

 出身はサンマリノ共和国ですが、イタリアの私立語学専門高等学校(英/仏/独語)を卒業後、フランス滞在6年、その間に第3新ソルボンヌ大学にて東洋言語学士を取得。その後来日。日本在住も20年になります。その間主にイタリア語を軸に、日、仏、英語の翻訳・通訳、2004年〜2007年はNHKラジオジャパンでニュースの翻訳とアナウンスで出演、現在もラジオ・イタリア語講座で声の出演等々、大変幅広く活躍されています。

 そこで、今回は言葉を通してチャリアを積まれてこられた経験から「異文化、異言語でも本当の相互理解は可能か」についてお話していただきます。語学学習者、これから語学を始めようと思われている方は、是非、お楽しみに!

日時: 平成21年10月24日(土) 午後2時〜4時

場所: 藤が丘地区センター会議室(田園都市線藤ヶ丘駅下車北へ徒歩7分)

定員: 50名

参加費: 500円(当日会場で、茶菓代込み)

申込: 藤が丘地区センター 電話:972-7021(第4火曜日休館) *電話或は直接の申込が必要です。

主催: 藤が丘地区センター 藤が丘インターナショナルトークサロン実行委員会


前回第112回FITSの報告(平成21年6月6日開催済み)

タイトル:  【 南米ペルー インカ帝国から現代まで 】

ゲスト:    大貫 良史さん

     (東京大学大学院 総合文化研究科・博士課程所属  研究分野:ペルー経済史)

開催場所: 藤が丘地区センター1階中小会議室

 内  容:

 ゲストの大貫良史さんは1997年開催、第48回トークサロン、「新春パーティー ペルーの夕べ」のゲスト:東京大学文化人類学名誉教授、大貫良夫さんの息子さんです。大貫良夫さんは1989年ペルー北部にあるクントゥル・ワシ遺跡で、日本の調査団の団長として、ペルー最古、アメリカ大陸最古の金製品を発掘され、世界中で注目を浴びました。それらの出土品は地元の要請により、94年に建設、村に寄贈された博物館に保管、展示されており、そのクントゥル・ワシ博物館の館長さんでもあります。その息子さんの良史さんは東京大学で近代経済史、特にペルー経済史を研究されておられます。一方母親のテレサさんは日系ペルー人ですので、良夫さんのペルーとの関係は深く、第112回トークサロンでのお話の内容も、非常に専門的に、一般に知られていないインカ以外の古代文明の数々の特徴を多くの映像で紹介してくださいました。

 先ず自己紹介で、専門が近代経済史のため、例えばスペインがペルーを征服した後、アフリカから奴隷を連れてきて、労働力として使用していたアシェンダ(大農園)の役割は現在のペルー人にとって決していい印象を与えないが、近代農業経営からみると現代のペルー人に欠けているものに関心を持ち、アシェンダを研究分野においておられるとのことでした。

 本題である「古代アンデス文明から近代ペルーまで、日本・ペルーの歴史と交流」では、各項目に関連する映像で分りやすく解説してくださいました。まず、ペルー共和国の地理的特徴はコスタ(太平洋に面している海岸)、シエラ(5千m級の山がある山岳部)とセルパ(熱帯低地部)に分類されること。ペルーといえばマチュピチュ、これほどの規模の遺跡はペルー隋一。現在では、インカ第9代の王、ハチャクティの私領(郊外の王宮)とみなされていること。その他、古代アンデスの遺跡としてチャビン・デ・ワンタル(日本大使公邸事件で作戦暗号名になった)、コトシュ、カラル、クントゥル・ワシ(博物館のある)等の時代と特色、モチェとナスカ等地方文化の発展期の特色(ナスカのイカ谷では地下水路建設の技術を持っていた)、チムー文化ではペルー特産のジャガイモ、サツマ芋、パパイヤ、パイナップル等が陶器類の絵柄として使用されていたこと。

 また、新大陸起源の植物として、ピーナッツ、とうもろこし、イモ類、ユカ、トマト(イタリアでトマトを食するようになったのは16世紀以降)、かぼちゃ、アボカド、まか等数多くあるが、動物は数少なく、リャマ、アルパカ、クイ、ビクーニャとのことでした。

 インカ帝国の滅亡は1532年。スペイン植民地時代は1821年のペルー独立まで続き、ペルー共和国誕生後、グアノ・ブーム(鳥の糞を肥料として輸出、現在も続いている)、太平洋戦争を経て現代に到るまでの経済、産業、労働力、特にそれに関連して奴隷解放後、労働力としてクーリー(中国人)が連れてこられていたが、クーリーが反乱をおこしたマリア・ルース号事件後は日本との関係が築かれ、1889年には日本からペルーへの移民が始まり、当初アシェンダで奴隷のように働かされたため、反乱があり、移民の中には雑貨商を営むものが出てきて、日本人は本質的に働き者なので信用ができると認められるようになり、現在でも信頼されているとのことでした。

 お話は予定をはるかにオーバー。ティー・ブレイクと質疑応答は短縮されましたが、充実したお話の内容に参加者は大いに満足致しました。

 第112回ゲスト:大貫良夫さんと会場風景


111回FITS報告(平成21年2月28日開催済み)

タイトル:【スイスのバックパッカー 20年かけて世界を一巡り、日本で会社を作る迄】

ゲスト:  ステファン・ゴテさん

(スイス出身、オレゴン大学でMBA、立教大学異文化マネージメント博士課程修了、

現在ProsuisseLLC代表取締役)

開催場所:  横浜市藤が丘地区センター

内容:

 ゲスト、ステファン・ゴテさんはスイス、フランス語圏、ヴァレー州、人口500人のモレンス村の出身。中学卒業時までは日本と同じ6.3制の教育制度。しかし、15才の時、専門学校か大学へ進むかの二者択一の選択で、専門学校へ進学。専門的な学問を身に付けながら、スイスで一番大きな量販店へ就職。

 その後、親の反対を振切り、正社員だった会社を辞め、750ccのバイクを売ったお金と貯めておいたお金を資金に、1989年、1年の予定でバックパックの旅に。訪れた国々14ヶ国。オーストラリアを最初に選び、二ュージーランド、アジアで訪れた国々10ヶ国の内、日本は最後でした。その後、カナダとアメリカへ。

 各国々では、その国特有の印象を持ち、例えばオーストラリアの広大さ、ニュージーランドでは3000キロをヒッチハイクし、自然に圧倒されたり、人々の優しさを感じました。ヴェトナムでは、未だ当時観光客を入れていなかった為、交通手段にはタクシーを1日10ドル払って移動。10ドルというのは当時小学校教師の1ヵ月分の給料に値したそうです。また、人々の中にはフランス語を話す人がかなりいて、驚きの一つでもありました。台湾で、外国人が漢字を書くのを見て自分も書けるのではと感じました。日本では、物価が高く10日しか滞在できませんでした。

 旅の最後に訪れたアメリカ、オレゴン州、ポートランドでは、英語を勉強しているうち、大学進学を勧められ、23才でオレゴン州立大学、ビジネスと日本語学科に入学。その間、日本の大学の奨学生制度で1年間日本に滞在。その後、アメリカに戻り、MBA修得。14年前に再来日。文部省奨学生で日本の大学へ、博士課程まで進みました。その後は日経リサーチで市場調査、3年前に日本永住権を取得。2年前、会社設立。スイスの中小企業の良いものを日本に紹介。1989年スイスを発って、海外生活は20年になりました。

 今回のお話の内容は非常に豊富で、上記日本で会社を設立するまでのお話の他、スイスの基本的な知識:1291年のスイス誕生から現在に到るまでの歴史、教育制度、言語と言語圏、軍隊制度、スイスの国民性、他の国からスイス人は如何思われているか、さらに参加者からの質疑と応答等がありました。中で一番印象に残ったのは、スイス人は自国に大変誇りを持っているということでした。会場の中にはスイス人の家族と隣国オーストリアの夫婦も参加しており、ティーブレイクでは懐かしそうに話が弾んでいました。今回は2時間では足りないくらい充実していて、参加者も未だ聴きたいことが一杯といった、和やかなトークサロンでした。

     


第110回FITS報告(平成20年10月25日開催済み)

タイトル:     私は外交官になりました 

       〜カルチャーショックを乗り越えて〜

ゲ ス ト:    ニッキー・スティルウェルさん

         (在日ニュージーランド大使館書記官)


開催場所: 藤が丘地区センター1階中小会議室

 内  容: 

 今回のゲストは来日したばかりのニュージーランド大使館員でした。10年前17才の時奈良に3ヶ月間京都の高校へ留学の為ホームステイをし、もう日本には二度と来たくないくらいのカルチャーショックを受けました。帰国後いろいろな経験を積み、外交官試験にパスをし、どうしてか日本にやってきました。

 10年前どのようなカルチャーショックを受けたのか、現在どのようにそれらのショックを生かされたのか、日本とニュージーランドの文化の違い、外交官になってから現在思うこと等を映像を交えながら流暢な日本語でお話していただきました。

 10年前受けたカルチャーショックとは、例えばニュージーランドでは学校が家から歩いていかれる所にあったのに、日本では生れて初めて電車通学を経験し、一日の内多くの時間が取られくたくたに疲れたこと。さらに車内で身体を触られたりして不快な思いをしたこと。学校では授業中の生徒たちの態度が動物園のようであったこと。勉強してきた日本語が不十分で通じなかったこと。友達や周りの人たちが関西の名所をあちこち案内して下さったのに、その方たち自身は全然楽しそうでなかったこと。日本人は率直に自分の意見を述べないこと。日常生活では、お正月前一家総出の掃除や準備で大変だったこと。クリスマスの休みが無かったこと。また神戸ルミナリエへ出かけた時は群集に驚き、さらに整然と進んでいくのに恐怖を感じたとも。

 その他数々のカルチャーショックをお話してくださいましたが、留学前に想像していたことと現実は違うのだということを理解出来るようになれたこととニュージーランドに帰国後多くの経験を積んで、今では、17才の時の経験は人生で一番つらかったことと同時に一番素晴しい経験だったと思えるようになったとのことでした。

 現在は2年かけて日本語に磨きをかけておられるとのこと、その後は経済の仕事を担当し、日本とニュージーランドとの貿易を拡大していきたいとのことで、お若くて楽しみな外交官でした。お話後の質疑応答では大変多くの質問に一つ一つ率直に答えてくださり、内容たっぷりの和やかで楽しいトークサロンでした。








 


第109回の報告(平成20年6月28日午後2時〜4時藤が丘地区センターにて開催済み)

タイトル: チュニジアの生活様式 〜地域ごとの特色〜

ゲ ス ト: ラリビ ベスマさん

(チュニジア人女性、アラビア語、フランス語、英語、イタリア語教師、チュニジアクラブヨコハマ代表)

通訳:佐藤教授(大学の同僚)

映像:鈴木さん(ゲスト関係者)

内容: 古くはカルタゴとローマに始まり、近世に到るまで地中海交易の要所にあったチュニジアの長い歴史と文化、また、地中海沿岸各地域、内陸部、更にサハラ砂漠の特色を映像と音楽を通して話していただきました。

 その中で印象的だったのは各都市は古代と近代が見事に同居しており、そのことがチュニジアの魅力になっていること、また、1956年フランス統治から独立後は男女同権であり、宗教は国民の98パーセントがイスラム教(スンニー派)であるが、ベールを被っている女性は殆ど見かけられないとのことでした。

 お話と映像の後、更に以前チュニジアを何度か訪問したことのある通訳の佐藤教授と映像担当の鈴木さんから体験談及び旅行情報等を愉しく語っていただきました。

 その後、会場は和気藹々と交流の場に。午前中からゲスト及びゲストの友人、FITSスタッフで調理したチュニジアの料理(タジン、ブリック、フルーツ・サラダの3種)とミントティーを楽しんでいただきながら、ゲストを囲む輪、参加者同士の輪ができ、終了後も名残惜しそうでした。参加者一同(95名)大変満足なひと時を過すことができました。

                          


第108回FITSの報告(平成20年2月16日開催済み)

 第108回のゲストにはバラライカ奏者のラリーサ・ゾロトワさんとメゾソプラノのワレンチナ・パンチェンコさんをお迎えして、バラライカの演奏とバラライカの伴奏で主にロシア民謡の歌曲を歌っていただき、会場一杯の参加者は冬の午後のひと時を楽しみました。

 会場にはコンサートで着用される数点の衣装が飾られ、また、ゲスト各々も素晴しい衣装で登場。先ずそれらの衣装の説明とバラライカの歴史及びロシア音楽全般に関してのお話、引続いて、「一週間の歌」、「行商人」、「赤いサラファン」、「明るい月は輝いている」、「黒い瞳」等々、昔懐かしい歌の解説と演奏にうっとり、質疑応答後はゲストと参加者とで、「カチューシャ」、「トロイカ」、「ともしび」を合唱し、大いに楽しみ、満足しました。


 第107回FITS報告(2007年9月22日開催済み)

タイトル: 私ノ故郷 イラクへの思い

ゲスト:  砂原 メイスーンさん

 

第107回のゲストにはイラク、バグダード生れの砂原メイスーンさんをお招きして、《私の故郷イラクへの思い》というタイトル・テーマでお話をしていただきました。

  お話の内容はサダム・フセイン政権下で抑圧されたクルド人としての体験、悲惨なイラクの実情、出口の無い、先の光が見えない故国の現状や北部クルド自治区で生活する家族への思い、祖国の平和への願い等々を流暢な日本語でお話していただきました。

 参加してくださった方々からは一般報道では伝わってこない生のお話が聞けてよかった、この先子供達のことが心配だというご意見もいただきました。ティーブレイクではイラクのお菓子とレモングラスティーでゲストと参加者が和やかに語らっている光景が見られました。


第106回FITS報告(平成19年5月19日開催済み)

タイトル: BUNKAMURA・シブヤあれこれ

ゲスト: 清水 嘉弘さん

 

 第106回はFITSに生まれ変った記念の回ということで、青葉区在住、東急沿線に大変馴染みのある、東急BUNKAMURAの生みの親・育ての親であり、国内外の文化に大変造詣の深い、前文化村副社長清水嘉弘氏をゲストにお迎えして、「BUNKAMRA・シブヤ〜感動は世界を結ぶ〜」をテーマに、昔のシブヤのたたずまいに触れながら、そこに文化の拠点を作り、文化村の建設から、「村」に魂を吹き込むため、感動を求めて世界に美を訪ね、また、その質の維持のための努力等の体験談などを貴重な写真のスライド上映をしながら、大変興味深いお話をしていただきました。



 

FITS連絡・問合せ先

藤が丘地区センター  電話:972-7021(第4火曜日休館)

FITS 実行委員宅     電話:984-3074(自宅)


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