古典「源氏物語」を読む会


お能・狂言鑑賞会



能楽の中には、「源氏物語」を素材とした演目が沢山あります。
この平安絵巻「源氏物語」の世界を、日本古来の伝統芸能を通して鑑賞してみよう……と考え、能楽の鑑賞会を企画いたしました。
2007年、国立能楽堂で催される演目の中から、6月の「葵の上」、10月の「野宮」、2月の「夕顔」の3つのを選び、会員の方々に参加を呼びかけました。

けれども能楽(謡曲)は私ども初心者にとってはとても難解で、その詞章(歌詞)を聞き取る事さえ難しいのです。
そこで、「能楽の杜」の川崎様にアドバイスを頂き、「半魚文庫」や日本古典文学全集等を参考に、能をより易しく理解するための資料を手作りして各会員に配布いたしました。 
    ( 資料をお読みになりたい方はクリックをどうぞ )

第1回 能 「源氏物語ー葵」 (あおい)

第2回 能 「源氏物語ー野宮」 (ののみや)

第3回 能 「源氏物語ー夕顔」 (ゆうがお)

第4回 能 「巻 絹」 (まきぎぬ)

第5回 能 「景 清」 (かげきよ)〜平家物語

第6回 能 「花 筺」 (はながたみ)

第7回 能 「芭 蕉」 (ばしょう)  

 * 製本などにご協力下さった方々、有り難うございました。

第1回「お能と狂言鑑賞会」


第1回「お能と狂言鑑賞会」が、6月19日(火)に行われ、梅雨入り後の大変暑い日にも拘わらず、出席者28名は和気藹々、国立能楽堂(千駄ヶ谷)に集合しました。
当日は「国立能楽堂 能楽鑑賞教室」として、能楽師さんの「能楽の楽しみ」という解説があり、その後、狂言「仏 師」(和泉流) と、能「葵 上」(観世流)を鑑賞いたしました。

能 「 葵 上 」 
 梓巫女の弾く弓弦の音に誘われて、生霊死霊の境に迷う御息所の霊が登場する。目に金泥を施した「泥眼」、嫉妬の面だ。
   身の憂き(わが身のつらさ)に人の恨み(他人を恨む思い)のなほ添いて 忘れもやらぬ
   わが思ひ せめてやしばし慰むと 梓の弓に怨霊の これまであらはれ出でたるなり
と名乗り、その恨みのもととなった斎院御禊の日に受けた恥辱を
   あら恥ずかしや今とても(今も忘れることができないのは)忍び車のわが姿
と述べ、その時の牛を外した物見車の長柄にとりついてさめざめと泣く。この世にあった頃の華やかな日々、それだけに、この折受けた辱めに今なお恨みを残し嘆くのだ。ところがこの嘆きはたちまちその相手、恋敵でもある葵上への憎しみに転じ、舞台におかれた葵上の形代、小袖に向かって扇を打つ。これが「後妻打ち」、本来は先妻が後妻を嫉妬してうつことをいうが、ここでは先後の別はなく、ただひたすら嫉妬心の表現となっている。
   今の恨みはありし報ひ 瞋恚の炎は身を焦がす 思ひ知らずや 思い知れ
この激しい叱咤を受けて、そのまま地謡のコーラス「枕の段」に入る。こうして御息所の怨霊は癒えることのない怒りと恨みを露わにしたあと、思いは最高潮へと高まってゆく。
   恨めしの心や あら恨めしの心や 人の恨みの深くして 憂き音に泣かせ給ふとも 
   生きてこの世にましまさば 水暗き沢辺り蛍の影よりも 光君とぞ契らん
      夢にだに返らぬものをわが契り 昔語りになりぬれば なほも思ひは真澄鏡 その面影
   も恥ずかしや 枕に立てる破れ車 うち乗せ隠れ行かうよ
今葵上がどんなにつらくお泣きになろうとも、生きてこの世にいらっしゃるならば、渡しは魂が蛍となって暗い水辺をまよってもいい、愛しい光君を奪い、私ひとりのものとしよう。ああしかし今はもうそれも叶わず、ただただ思いが増すばかり。だから私はこの枕上に立って、憎い葵の上をあの世へ連れてゆくのだーーーーと愛の妄執を語りつつ、その霊は姿を隠す。
 ここで横川の小聖が呼ばれ、怨霊調伏の祈祷を始める。囃子方の荒々しい音、危篤を告げる強い笛があやなして響きわたると、小袿をかぶって怨霊が登場、衣の下から般若の面が現れる。鬼は怒りの形相も恐ろしく行者を威嚇する。この行者と鬼女の葛藤は見所の眼を惹きつけずにはおかない。女の嫉妬心がそのまま形を得て鬼の表情、鬼の動きを演ずる。鬼は鱗文の衣裳をきらめかしながら杖を片手にさしかざし、葵上につかみかかろうとする。数珠を押し揉みながら行者は激しく祈り、追いつめられて一旦は橋がかりを揚げ幕近くまで立ち返って来るが、また押し戻して舞台中央まで進み、行者との間に激しい争いを演ずる。しかし真言陀羅尼の力強い祈りの前に、その力はようやく衰えを見せ、やがてさすがの悪鬼も心を和らげて謡う。
   あら恐ろしの般若声や これまでぞ 怨霊こののちまたも来たるまじ
今は「忍辱慈悲の姿」と変じ、諸菩薩の迎えを受けると成仏得脱して修羅の場を去って行く。
  御息所の霊は、能ではこのようにして成仏するが、物語の方はそう穏やかには治まらない。なおこの後、「若菜下」の巻に至っては死霊となって現れ、このたびは紫上を襲う。現実世界の愛着の念はかくも深く恐ろしいものとして語られる。
   橋がかり衣擦る音のかそけくも鬼すすり哭く声残し消ゆ      吐手

(講師:保田晴男先生寄稿)

 狂 言「仏 師」

 田舎者が都に出て、お堂にまつる仏像を彫る仏師を捜していると、詐欺師が自分は仏師だと言って近づき、この田舎者を騙そうとします。翌日、詐欺師は仏像になりすましますが、田舎者は気に入らない所を直してもらおうと、仏師を呼びます。ここで、詐欺師が仏像と仏師の二役を面白可笑しく、早変わりして見せますが……。
小気味のいい台詞のやりとりと、仕草の絶妙な呼吸に、場内は笑いに包まれ、狂言独特の楽しさを満喫することができました。

            *          *          *

 初めての鑑賞会にも拘わらず、その詞章などを前もって勉強していきましたので、能楽の魅力を多少とも理解することができたように思います。600年以上も受け継がれたこの伝統芸能に、より深い興味を覚え、次回(10月・翌2月)の鑑賞会がとても待ち遠しい気がいたしました。(H19.6.19)

第2回「お能と狂言鑑賞会」


第2回「お能と狂言鑑賞会」は、10月3日(水)に催され、会員は国立能楽堂に参集しました。

能 「 野 宮 」
  晩秋の嵯峨野、秋の花も紅葉も終わって末枯れた浅茅が原に、黒木の鳥居と小柴垣ばかりが残る野宮の旧跡が目の前にある。伊勢斎宮は南北朝の内乱を機に廃絶となり、野宮の跡も荒廃するままとなっていた。折しも夕暮れどき、諸国一見の旅僧がこの荒れ果てた宮の跡に立って昔を偲んでいる。
 そこへ前シテの里女がしみじみと、
  美しい秋の花々を見馴れて来たここ野宮は、秋が終わったあとはどんなに寂しくなるのだろう
と謡いながら現れる。里女は続けて、その千種の花が枯れるようにわが身も衰えてゆく。その秋はこの九月七日がくるたびに、懐かしいこの旧跡に来ては昔を思い偲ぶのだと謡い、木枯らしに更ける秋の夜、立ち去りかねるこの世に来ては帰る恨みを述べる。そしていまは荒れるにまかせたこの場所も、私の心の内には白木の仮宮や火焼屋のかすかな光さえ見える、あの光はあくがれ出た私の魂だろうか、それにしても今はなんと淋しい宮所だろうと嘆く。さらに旅僧の求めに応じて、女は御息所の素性と、光源氏との哀しい仲、今日この日に光源氏がここを訪れ、切ない心の内を語った折のこと、その源氏を振りきって鈴鹿の斎宮へ赴いた怨みを語り聞かせる。ことの詳しさや心入れを不思議に思った僧がその里女の名をたずねると、自分が実はその御息所だと名乗って鳥居の影に消え失せる。この時、地謡が低くしっとりと、「夕暮れの秋の風、森の木の間の夕月夜」と謡い始める声は、背筋がぞくぞくするほど感動的だ。
 中入りで狂言の立ちしゃべりのあとワキの待ち謡いがあって、囃子の一声が鳴り、後シテが登場する。前シテと違って、裾の広い大口袴の緋色が印象的、高貴な女性を表す衣裳だ。一の松を過ぎ、シテ柱のやや前で静止すると、拍(リズム)を外したヨワ吟(情緒的な謡い方)で、
  野の宮の秋の千草の花車(に乗って)、我も昔に廻り来にけり(昔を思いこの世に帰って来たのだ)
と謡う。僧の耳には車の音が聞こえ、月の光のもとに網代車が見えてくる。こうして舞台の上には幻想の世界がひろがる。この車はいうまでもなく賀茂祭、物語ではその二日前の斎院御禊の火に御息所の乗った車だ。この車があとから来た葵の上の車に押しのけられ、御息所は深く心を傷つけられる。そこには彼女の故皇太子妃としてのプライドと、光源氏の正妻への嫉妬の情が絡んでいた。シテはこの折りの車争いの一部始終と、そこで味わった屈辱の怨みを語る。この曲のクライマックスだ。この時ワキが「ぱっと寄りて」と気をかけてしっかり謡い見回すところは、迫力ある場面。これを地謡が引き取って、
  人々轅に取りつきつつ人だまひ(女房達が乗る下級の車)の奥に押しやられて、物見車の力もなき身の程ぞ思ひ知られたる
と続け、シテは袖を胸元に揚げて泣く(シオル)しぐさをしながら、「妄執を晴らし給へや」と繰り返す。死してなお晴れやらぬ魂が、いま生前の御息所の姿を借りて幽霊となり、幻の舞台に現れて愛情の妄執を訴え、旅僧に解脱成仏の祈祷を願う。ここには「葵上」の、御息所の生き霊が鬼となって恋敵に迫るという激しい表現はない。その代わりに死してなおこの世にこだわりを残す女の情念の悲しみが切々を演じられる。この場面の持つ迫力はシテの舞はもちろんのこと。謡いの詞章とその声によって観る者を強く引きつけ、目を離すことができない。
 このあと、「序の舞」と呼ばれる典雅な舞が長々と演じられる。正直なところ私には曲の中でもここは眠気を誘われるところで、他の曲、たとえば「羽衣」などでも、「序の舞」の間はなかなか集中力を持続することがむずかしい。御息所が華やかな昔を偲ぶというこの舞が、なぜこの深刻な場面でこんなにゆったりとしたテンポで舞われるんのか、やはり謡いがないというのは、私にとっては取りつくしまがないということになってしまる。これは決して正しい鑑賞のしかたではない。だからなんとか頑張ってみようとするが、ここまで続いた緊張の疲れが出るせいか、どうしてもまぶたが下がってくる。
 この退屈な舞が終わって破のノリ地謡(早いテンポの地謡)が始まると一挙に眠気がとび、地謡とシテのやりとりの謡に引き込まれてゆく。シテの「閑かに」と地謡の「スラリ」という、リズムの緩急がこの場面を盛り上げ、幻想の女性が鳥居を前にして昔を偲び、松虫が人待ち気に鳴く野宮の夜を懐かしむ場面となる。短い「破の舞」の後は急のノリ地で、伊勢の神が迷う亡魂を拒み、やがてはこの魂が再び輪廻の車に乗って火宅の門を出、きっと無事往生を遂げることだろうと謡って曲を終わる。
 ものみな廃れる晩秋の寂寞という状況になかで繰り広げられる、男女それぞれに思いを残しながらの哀切な別離の場面と、後半の幻想的な月明かりの下で女の亡霊が消えやらぬ怨念からの解放を訴える場面が、それぞれに、人の宿世と心の避けがたい苦患を映し出して胸を打つ。この本来ならばどろどろとしているはずのものが、舞台の上では静謐に美しく表現されているところが能の素晴らしさだ。長く続いた残暑がうそのようにおさまって、今日は曇り空の下、上着が恋しい秋冷といってもいい気候だった。この季節、たまたま幾つかの別れを体験して滅びの哀しみを噛みしめた後だけに、今日のこの能はひときわ印象深いものとなった。
    色哀し 嵯峨野の奥の夕紅葉        吐手

      
(講師:保田晴男先生寄稿)

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第3回「お能と狂言鑑賞会」


第3回「お能と狂言鑑賞会」は2月28日、まだ北風の冷たい頃、今を盛りと咲く美しい梅の花を観ながら、国立能楽堂に集合しました。
今回は国立能楽堂の企画公演・女性能楽師による能が鑑賞できるということで、大変興味深いものでした。

また本日は国立能楽堂から、公演前におこなわれた「能楽・お囃子の体験研修会」にお誘いをいただきました。
能の演奏に使われる楽器(笛・小鼓・大鼓・太鼓)を実際に触れて、その演奏法などを、舞台で活躍しておられるプロの演者から教えていただき、能舞台に立つという貴重な体験をさせていただきました。

 参加者はそれぞれに大変な緊張感を持って臨み、能楽囃子の世界を極めておられる方々の技の奥深さに触れることができ、能楽という伝統芸能の素晴らしさに圧倒された思いで研修会は終わりました。

能「巻絹」 ー宝生流  (特別企画・女性能楽師による能)
 帝の命令により巻絹を熊野三社に奉納することになり、諸国から巻絹が届けられますが、都からは届きません。都から巻絹を届ける使者(ツレ)は熊野の音無天神へ詣で、梅が見事に咲いているのを見て和歌を詠んでいたため、遅くなってしまったのでした。都からの使者が、熊野三社で待っている勅使(ワキ)のところに行くと、納期に遅れたことを理由に縛られてしまいます。ところが、そのとき音無天神の霊が憑いた巫女(シテ)が現われ、使者が遅れた理由を説明し、証拠とて、使者に詠んだ和歌の上の句を詠ませ巫女が下の句を詠み、縄を解きます。
その後、天竺で釈迦が仏になったのは和歌のおかげであると和歌の偉徳を賛えて舞い、続けて勅使の求めに応じて祝詞をあげ舞いますが、突然、霊が去り正気に戻ります。

 物語はとても興味深いもので、後半に舞われる神楽はまさに圧巻でした。

能「夕顔」ー観世流
八幡宮参詣のため都に上った豊後国の僧が、五条の辺りを通りかかると、あるあばら家から歌を吟ずる女の声が聞こえる。それは夕顔の歌で、昔を懐かし今も執心の残っている様子である。僧の問いにその女は「ここは何某の院。もと融大臣の住まれた河原で、後に夕顔が物の怪に命をとられた所」と答えた。さらに、光源氏と夕顔の出逢いや、物の怪に憑かれ、露と消えた儚い夕顔の身の上を語り、なお夢の中にて昔語りをしようと告げて消え去る。
(中入り)
僧の問いに答えて、夕顔の事を物語り、五条あたりの男が重ねて弔いを勧めるので、僧は法華経を読誦する。すると夕顔の霊が在りし日の姿で現れ、なおも弔いを願う。荒れ果てた旧跡に昔を偲び舞を舞い、僧の回向により、迷いの雲の晴れたことを喜び、東雲の空のほのぼの明ける中に、やがて姿を消す。

 *    *    *

「あとがき」
平成19年度、「お能・狂言鑑賞会」がスタートして、能楽「葵上」「野宮」夕顔」の三曲を鑑賞してきましたが、熱心な皆様のご参加で、順調に滑り出せたことはまことにご同慶の至りです。「源氏物語」がどう表現されるかをご覧頂き、「能楽」に親しむきっかけができましたことを嬉しく思います。これも偏に「鑑賞の壺」をご教授いただいた保田先生や、詞章や現代語訳などの資料を作成くださいました方々の御陰だと存じます。加えてお忙しい中、製本などにご協力いただいた会員の方々にも感謝申し上げたいと存じます。
平成20年度も引き続き素晴らしいものをご紹介いたします。

古典「源氏物語を読む会
世話人 近 藤 恒 夫

(平成25年 閉会しました)

       

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