古典「源氏物語」を読む会

能「源氏物語ー野宮」(ののみや)

能 楽 :「野 宮」           作 者 :世阿弥元清

素 材 :「源氏物語」賢木の巻    場 所 :嵯峨野の野宮

登場人物  

  前シテ……里 女(面ー若女又は深井小面)(装束:唐織ー着流)

  後シテ……六条御息所の霊(面ー若女) (装束:長絹・緋大口)

  ワ キ……旅 僧 (装束:角帽子・水衣・無地熨斗目)

  ア イ……嵯峨野の者 (装束:長上下)




あ ら す じ

 晩秋の嵯峨野の野宮。木枯らしが吹く淋しい頃、ここを訪れた僧の前に現れた女は、「今日は長月七日野宮の神事の日なので、帰れ」と言う。僧の問いかけに「光源氏の愛を失った六条御息所が、斎宮となった娘と共に伊勢へ下ることを決め、御禊の為に野宮に籠っていると、光源氏が訪れ、様々と慰留されたけれども、誠に頼りない源氏の愛情に失望し、御息所は娘と共に伊勢へ下った……」と語る。詳しい物語にいぶかる僧に、名を明かした女(御息所の亡霊)は、黒木の鳥居の辺りに消え失せる。

 その所の者の勧めに従い菩提を弔うと、在りし日の姿にて、網代車に乗った御息所の霊が現れる。その車は賀茂の祭の時に、源氏の正妻・葵上との所争いをした恥辱の因縁深い車であり「光源氏と恋に堕ち、捨てられた悲しみが妄執となり、迷宮から離れられない苦しみから救ってほしい……」と頼んで、再び車に乗り、消え去って行く。




謡曲 「野宮」 の 詞章


現 代 語 訳


ワキ詞「これは諸国一見の僧にて候

我此 ほどは都に候ひて

洛陽の名所旧跡残な く一見仕りて候

また秋も末になり候へ ば

嵯峨野の方}ゆかしく候ふ間

立ちこ え一見せばやと思ひ候

これなる森を人 に尋ねて候へば

野の宮の旧跡とかや申 し候ふほどに

逆縁ながら

一見せばやと 思ひ候。


「私は諸国を見物して歩いている僧です。

私、この間は都に居て、

洛陽の名所旧跡を残らず見物致しました。

また秋も末になりまして、

嵯峨野の方がどんなに面白かろうと思われ、

そこに行って見物したいと思います。

この森を人に尋ねたら、

野宮の旧跡だとか言うことだから、

通りがかりの縁ながら、

参詣して来ようと思います。


われ此森に来て見れば

黒木の 鳥居小柴垣 昔にかはらぬ有様なり

こはそも何といひたる事やらん よし/\

かゝる時節に参りあひて

拝み申すぞあ りがたき

下歌「伊勢の神垣隔なく

法の 教の道すぐに

こゝに尋ねて宮所心も 澄める

夕かな心も澄める夕かな

シテ次第「花に馴れ来し野の宮の /\

秋 より後は如何ならん


私がこの森に来てみると、

黒木の鳥居や小柴垣が昔と変わらぬ様子で

これは一体どうしたわけなのだろう。

折よく斎宮が野宮に入られるこの時期に

参詣できるとは有り難いことだ」

「伊勢大神宮は神佛の隔てをなされず、

その結果、佛法が正しく流布し、

この宮に参詣しますと心は澄み渡る美しい

夕景色でございました」

「秋草の花を眺め慣れて野宮に来ましたが、

秋が去った後、どんなに寂しい事だろう」


サシ「をりしも あれ物のさみしき 秋暮れて

なほし をりゆく袖の露

身を砕くなる夕ま ぐれ

心の色はお のづから

千草{ちぐさ}の 花にうつろひて

衰ふる身のならひ かな

下歌「人こそ 知らね今日ごとに昔の跡に立ち帰り

上歌「野の宮の森の木枯{こがらし}秋ふけて /\

身にしむ色の消えかへり

思へば古を 何と忍ぶの草衣

来てしもあらぬ仮の世に


「折も折、もの寂しき秋が暮れても、

やはり涙は絶える時もなく袂の袖を濡らし、

身を砕くほど苦しい夕暮れよ。

はなやかだった心もおのずから、

秋草の花が枯れると共に衰えていく

これが衰える身の習わしであろう。

人は知らないが、毎年今日昔の跡に帰ると、

野宮の森には木枯が吹き、秋も更けて、

身にしむ程美しかった花の色は消え失せて、

思えば昔を思い忍ぶ草衣がどこにあろう。

この世に帰っても昔の世はもうないのに


行き帰るこそ 恨なれゆきかへるこそ恨なれ

ワキ詞「われ此森の陰に居て古を思ひ

心 を澄ますをりふし

いとなまめける女性一人忽然と来り給ふは

いかなる人にて ましますぞ

シテ詞「いかなる者ぞと問はせ給ふそなたをこそ

問ひ参らすべけれ

是は古斎宮に立たせ給ひし人の

仮に移 ります野の宮なり

然れども其後は此事 絶えぬれども

長月七日の今日は又 昔 を思ふ年々に


行き帰りするのは、誠に恨めしいことだ」

「私がこの森の木陰に居て、昔の事を思い、

心を澄ましていると、

大層美しい女性が一人突然来られたが、

一体貴女はどういう方なのですか」

「どういう者かとお尋ねになる貴方こそ

どういう方かお尋ねしたいです。

ここは昔、斎宮にお立ちになった方が、

仮にお移りになる野宮でございます。

その後この事は絶えてしまいましたが、

九月七日の今日は又、昔を偲ぶ日なので


人こそ知らね宮所を清め

御神事をなす所に

行方も知らぬ御事な るが

来り給ふははゞかりあり

とく/\ 帰り給へとよ

ワキ詞「いや/\これは苦 しからぬ

身の行末も定なき 世を捨人の数なるべし

さて/\こゝは旧りにし跡を今日毎に

昔を思ひ給ふ いはれはいかなる事やらん

シテ詞「光源氏この処に 詣で給ひしは


人は気づきませんが、この宮を掃き清め、

御神事を行っていますのに、

何処の人だか分からない方が、

ここに来られるのは畏れ多いことです。

早くお帰りなさいませ」

「いや私は不都合な者ではありません。

身の行末も定めなき、世を捨てた僧です。

さて、ここは古い旧跡で、今日毎に、

昔を思い出しなさるのは、どういうことなのですか」

「光源氏がここに詣でなさいましたのが、


長月七日の日けふに当れり

其時いさゝか持ち給ひし榊の枝を

忌垣の内にさし置き給へば

御息所{みやすどころ}とり あへず

神垣はしるしの杉もなきもの を

「いかにまがへて折れる榊ぞと

よ み給ひしも今日ぞかし

ワキ「げに面白き言の葉の

今持ち給ふ榊の枝も

昔にかはらぬ色よなう

シテ詞「昔にかはらぬ色ぞとは

九月七日の今日の日に当たります。

其時、光源氏がお持ちになった榊の枝を

杜の垣の内にさして置かれましたので、御息所がとりあえず 

『神垣は証の杉もなきものを、いかにまがへて折れる榊ぞ』と
( 訳) 神垣に目印の杉も立ってないのに、どう間違えて榊の枝を
お折りになったのでしょう

いかにまがへて折れる榊ぞ』と

お詠みなったのも今日でございます」

「いかにも面白いお話です。

今、貴女がお持ちになっている榊の枝も、

昔と変わらない色ですね」

「昔に変わらない色というのは、


榊のみこそ常磐の陰の

ワキ「森の下道秋暮れて シテ「紅葉かつ散り

ワキ「浅茅が原も 歌地「うらがれの

草葉に荒る る野の宮の/\

跡なつかしきこゝにし も

其長月の七日の日も今日にめぐり 来にけり

ものはかなしや小柴垣いとかりそめの御住居

今も火焼屋のかすかな る光は

我が思 内にある色や外に見えつらん

あらさびし宮所あらさびし此宮所


ただ榊ばかりが、いつも常磐の色をして、

森の下道は秋が暮れて、紅葉が散り、

浅茅が原の草葉もうら枯れて、

野宮の辺りは全く荒れてしまうのです。

昔の旧跡として懐かしいこの野宮に、

あの九月七日の日が今日巡りきたのです。

儚い小柴垣を巡らしただけの仮のお住居、

今も火焼屋の幽かな光のように、

私の昔を偲ぶ気持が、外に見えないかと気遣われます。

あぁ何と寂しい所か、この野宮は……」

ワキ「なほ/\御息所のいはれ懇に御 物語り候へ

クリ地「そも/\此御息所と申すは

桐壺の帝の御弟 前坊と申し奉り しが

時めく花の色香まで妹背の心浅か らざりしに

シテサシ「会者定離のならひもと よりも

「驚くべしや夢の世と 程なく おくれ給ひけり

シテ「さてしもあらぬ身の露の

「光源氏のわりなくも忍び/\ に行き通ふ

シテ「心の末のなどやらん

「また絶々の中なりしに


「もっと詳しく御息所の話をして下さい」

「そもそもこの御息所と申す方は、

桐壺の帝の御弟、前東宮と申し上げた方が、

世に時めき華やかな頃、夫婦の契りを結ば

れ、愛情深くおられましたが、

逢う者はやがて必ず別れるのが世の習わし、

この世は夢のようなもの。間もなく死別されました。

そうもならない儚い身で、

光源氏が無理に忍んでお通いになりました。

源氏の御心が、その後どう変わったのか、

又絶え絶えの御仲になられました。


クセ「つらき ものには さすがに思ひ果て給はず

遥 けき野の宮に分け入り給ふ御心

いと 物あはれなりけりや

秋の花みな衰へて

虫の声もかれがれに松吹く風の響まで もさびしき

道すがら 秋の哀しみも果な し

かくて君こゝに 詣でさせ給ひつゝ

情をかけて様々の言葉の露も色々の

御心の内ぞあはれなる。

シテ「其後桂の御祓

「白木綿かけて川波の身は浮草の


けれど御息所を嫌な者と思い捨てなさらず、

遠く野宮に分け入りなさった源氏の御心は、

やはり並大抵でなかったと思われます。

その頃、もはや秋の花がみな枯れて、

虫の声も絶え絶えに、松風の響きまで寂しく、

道すがら、秋の悲しみも果てしない。

こうして源氏の君は野宮にお詣りなさり、

御息所に情込めた様々な言葉を仰せになり、

その御心は悲しみ深いものでございます。

その後、御息所が桂川で御祓をなさり、

その時の白木綿を流した川の浮草のように


よるべなき心の水に誘はれてゆくへも

鈴鹿川・八十瀬{やそせ}の波にぬれ/\ず

伊勢ま で誰か思はんの言の葉は

添ひゆく事も ためしなきものを親と子の

多気の都 路に赴きし心こそ恨なりけれ

ロンギ地「げにやいはれを聞くからに。唯人ならぬ御気色

其名を名のり給へや

シテ「名のりてもかひなき身とてはづ かしの

もりてやよそに知られまし

よ しさらば其名もなき身とぞ問はせ給へや


頼る人もなく水に誘われて伊勢に下り、

「鈴鹿川八十瀬の波に濡れぬれず
( 訳 ) 鈴鹿川の瀬で波に濡れようとも、遠い伊勢まで 誰も思いをかけてくれはしまい……
伊勢まで誰か思ひおこせん」と詠んで、

母が斎宮に付添う事は前例がないが、親と子うち連れて

多気の都への路についた心こそ、恨めしいことです」

「お話を伺うと、いかにも普通と違ったご様子ですが、

その名をお名乗りください」

「名乗っても甲斐のない恥ずかしい身の上

いつか漏れて世間に知られることでしょう。

ならば其名も亡き身として御回向下さい」


「なき身と聞けば不思議やな

さて は此世をはかなくも

シテ「去りて久しき 跡の名の

「御息所は シテ「我なりと

「夕暮の秋の風 森の木の間の夕月夜

影かすかなる木の下の 黒木の鳥居の

二柱に立ちかくれて失せにけり 

跡たちか くれ失せにけり

中入間

ワキ歌待謡「かたしくや。森の木蔭の苔衣

同じ色なる草むしろ


「亡き身と聞けば、不思議なことですが

それでは、この世を儚くも……」

「去って久しく、今も名の残る

御息所は……私でございます」と、

夕暮の秋風吹いて、森の木の間の夕月夜

影の幽かな木の下の、黒木の鳥居の

二柱に隠れて、見えなくなりました。

姿は見えなくなってしまいました。

中入間

「僧衣の片袖を敷いて森の木蔭に寝ることとして、

同じ色をした草筵を敷き、


思を述べて 夜もすがら かの御跡を

弔ふとかやか の御跡を弔ふとかや

後シテ「野の宮の秋の千草の花車

われも昔にめぐり来にけり

ワキ「ふしぎ やな月の光も幽かなる 車の音の近づく 方を見れば

網代の下すだれ 思ひかけ ざる有様なり

いかさま疑ふ所もなく 御息所にてましますか

さもあれ如何なる車やらん

シテ詞「いかなる車と問はせ給へば。

思ひ出でたりその昔。


昔を思い出して夜もすがら、かの御息所の

弔いをするのだ。弔いをするのだ」

御息所「野宮に咲き乱れる秋の千草の花車に乗り

私も昔に(ここに)やって来たのです」

「これは不思議。月光も幽かな折、車の音の近づく方を見れば

網代車に下簾をかけ思いがけない有様だが、

これは疑いもなく御息所でございましょうか。

それにしてもその車はどうしたのです」

御息所「どういう車かとお尋ねになるにつけても、

思い出しました。その昔。


シテカカル「加茂の祭の車争主は誰とも白露の

ワキ「所せきまで 立てならぶる シテ「物見車のさまざまに

殊に時めく葵の上の ワキ「御車とて

人を 払ひ 立ちさわぎたる其中に

シテ「身は 小車の遣る方もなしと答へて立て置きたる

ワキ「車の前後に シテ「ばつと寄り て

地歌「人々 轅に取り付きつゝ人だまひ の奥に

押しやられて 物見車の力もなき

身の程ぞ思ひ知られたる 

よしや思へば何事も・報の罪によも洩れじ


賀茂の祭りの車争いで、誰が乗っているかも分からぬ車が、

隙間なく立ち並んで、物見車は様々に雅に居ましたが

その中に「これは今を時めく葵上の御車と、

辺りの人を払いのけ、騒ぎ立てる中、

「私は小車で引き退ける所もない」と答えて立て置くと、

車の前後にぱっと寄り、

葵上の供人は轅にとりつき、供車の奥に

押しやられ、物見車の力もなく

身の程を思い知らされました。

それも思えば何事も、前世の罪の報いなのです。


身はなほ牛 の小車の

めぐり/\来ていつまでぞ

妄執を晴し給へや 妄執を晴し給へや

シテ「昔を思ふ花の袖 「月にと返す気色かな

序ノ舞

シテ「野の宮の月も 昔や思ふらん。

「影さびしくも森の下露森の下露

シテ「身の置き処もあはれ昔の 「庭のたゝずまひ

シテ「よそにぞかは る 「気色も仮なる シテ「小柴垣。


なのに、やはり我が身は恨めしく(憂し車)

こうしてこの世に巡り来て、いつまでも、

迷いの心を、晴らしてくださいませ」

御息所「華やかな昔を思い出し、月に舞を舞いましょう」

(序ノ舞)

御息所「野宮の月も、昔を思い忍ぶのでしょう。

寂しい影を森の下露に映しています。

思えば身の置き所も哀れな昔の、この庭の佇まいは、

他所とは違って優れていましたが、仮に作った小柴垣の


「露う ちはらひ訪はれし我も其人も

唯夢の 世とふりゆく跡なるに

誰{たれ」松虫の音はり ん/\として

風茫々たる

野の宮の夜すがらなつかしや

破ノ舞

「こゝはもとより 忝くも

神風や伊勢の内外の鳥居に 出で入る姿は

生死の道を神は受けずや

思ふらんと

また車にうち乗りて 火宅の 門をや

出でぬらん 火宅の門



露を払って訪れた私も、源氏の君も、

昔の夢と古くなり空しい跡となったのに、

誰を待ってか松虫がりんりんと鳴き、

風がぼうぼうと空しく吹いている。

この野宮の夜の景色が懐かしく思われます」

(破ノ舞)

御息所「ここはもとより忝なくも

伊勢の内宮外宮のその鳥居を出入りする姿は、

生死の道をさまよう者に見えましょう。

それでは神様もお受けになりますまい……」と、

また車に乗り、迷いの世界(火宅の門)から

出て行ったようです。火宅の門。


参考資料:「半魚文庫」・「謡曲大観」・他    

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